若槻菊枝の生涯
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9 チンピラたちは目を合わせ、これはマズい展開だ、一刻も早く退散するしかないと互いに目くばせをすると、投げ出していた脚をスッとたたんで立ち上がった。出口へ向かうチンピラたちの背中に向けて、酒代の請求も忘れない。「勘定を払っていきなさいよ。ちゃんと」 目の前で起こっている展開に、言葉もなく立ち尽くしていたバイトのボーイの肩に手を置いて、「この人たちから勘定もらって」 と、指示を出すと、ボーイの背中をチンピラたちのほうへ押した。菊枝は男たちのうつむき気味な横顔をしっかり見ながら、「まだ払っていないんでしょ、あんたたち」 と、詰め寄った。その気迫にやられてか、チンピラたちは勘定を払い、おとなしく店を出て行った。 新宿で店を五軒も切り盛りしていれば、しかも飲み屋とくれば、やっかいな客は必ずいた。入れ墨をチラつかせる威圧的な客もしかり、短刀を忍ばせて来る客もいた。 こんなこともあった。朝四時、店の閉店時間に数人の「やくざ」がやって来た。「閉店だから帰ってくれ」と言っても、「ビールを飲ませろ」と引き下がらない。そこで菊枝は、他の客はみんな帰った後だし、「やくざ」の話も聞いてみたいという好奇心からビールを出した。他の客にしているように、先にお代をもらうやり方で。「やくざ」だからといって特別扱いはしなかった。 ところが、店の従業員が目を離した隙に、菊枝の姿は、やくざとともに店から消えた。焦った従業員は近所をプロローグ

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